タナカ売りの少女

買い物かごを下げた女性が行き交うにぎやかな市場をぶらぶらしつつ、私はすれ違う女性や子どもたちの顔に視線が釘付けになっていた。誰もが頬に白い塗料を塗っているのだ。
丸く塗っている者、くるくると渦巻き模様に塗っている者、鼻筋や額も白く塗っている者……。
不思議に思った私は、ひとりの女性を呼び止めて彼女の頬を指差し、それは何?と聞いてみた。「タナカ」彼女は自分の頬を指差してそう言った。そのあと彼女は太陽を指差し、そして両手で頬を押えた。陽射しから肌を守るために塗っているのだと言っているようだ。
タナカを塗っている顔は何となくユーモラスで愛らしく、通り行くひとりひとりの顔を私は飽きず眺めていた。そんなとき、突然目と目が合った少女がいた。彼女は私の視線をちらりと横目で捉えると、急ぎ足で私に近寄ってきた。「ねえ、買ってよ。おじさん、タナカ買ってよ」私にはわからない現地の言葉だったが、そう言っていることは何となく理解できた。彼女は丸い石鹸のような塊を私に差し出す。彼女の顔にも一面にタナカが厚く塗られている。これを買っても私にはどうしようもない。苦笑しながら首を振るが、彼女はあきらめず、今度はおわんに溶いたタナカをぐるぐると指でかき混ぜて、止める間もなく私の顔にその手を伸ばした。
「うわー、やめてくれーっ」逃げようとする私を追いかけて、彼女は私の顔にタナカをべたべたと塗りつける。あっという間に私の顔も真っ白になった。全力の追いかけっこで、私も彼女も息が荒くなる。ため息をつきながら、彼女の顔を見る。彼女は子リスのような目で私を見上げ、しばらく2人は睨みあった。やがて彼女は、こらえ切れないというように、くすっと笑った。私も思わずぷっと吹き出し、そのまま2人はげらげらと大声で笑った。
道行く人がタナカだらけになった私の顔を不思議そうに眺め通り過ぎて行った。