海の旅

メキシコ湾沿いの小さな漁港を訪ねた。
熱帯のねっとりとした湿気を帯びた空気が漂い、空一面を厚ぼったい雲が覆っている。じっとしていても汗がしたたりおちてくるほどの暑さだ。
漁港は朝から活気に満ちていた。山のように魚が積まれた船が、次から次に港へと入ってくる。港はそのまま魚市場でもある。海に面した裏口から、威勢のいい掛け声と共に魚が荷揚げされてくると、魚市場の通りに面した表口に運び出され、そのまま売られていく。新鮮な魚に一番にありつこうと多くの仕入れ人が待ち構え、店の裏も表も身動きができないほどの人がごったがえしている。店の裏では、船からあがってきた魚をその場でさばく人たちが、大きな包丁を持って待ち構えている。テンポの早い海の男たちの仕事ぶりを邪魔しないように、しばらくその活気に満ちた様子を眺めていた。話し掛ける余裕も、話し掛けられる余裕もまるでなさそうな彼らだが、時々ちらりとこちらを見ては、一段と大きな魚を持ち上げて自慢げに見せたり、私に船に乗れと手招きしてくれる。 魚市場の周りには、おいしいものにも事欠かない。海の幸をふんだんに使ったこくのあるスープやタコスを食べさせる屋台が建ち並び、おばちゃんたちが海の男たちを陽気に呼び込んでいる。 
魚市場から離れ,港に沿ってぶらぶらと散歩する。中型の漁船が列を連ねて碇泊する回りで、たくましく真っ黒に日焼けした男たちが作業をしたり、くつろいだりしている。通りすがりに、みんな気さくに声をかけてくれる。この船に乗ってどこから来たのか、と聞いてみると、キューバだと答えた。隣の船の人々に聞いても、同じ返事だった。どうやらこの辺りの船は、みんなキューバから来ているらしい。
「おーい、明日出発だから、一緒に乗っていかないかい? 何日かしたらキューバに着くよ」 
そう誘われると、思わず乗ってしまいたくなる。こんな陽気であけっぴろげな男たちとの海の旅は、さぞかし愉快なことだろう。今後の予定もみんな忘れて、船に乗り込みたい衝動がむくむくと湧きあがる。いつかきっと、そんな旅もしてみたい。
私たちは、海の男たちと握手を交わして、互いの旅の安全を祈りあってその場を去った。