陽気な人々メキシコの人々は、暮らしを楽しむ天才だ。
町の祭りや誕生日パーティーなど、何かというと集まって、音楽や踊りを楽しみ、大いに飲んで食べて、ゲームに興じる。町の中は陽気な音楽に溢れ、いつもどこかで祭りが行われているのではないかと思うほどだ。町の中心にはソカロと呼ばれる広場があり、そこには毎日、様々な露店が溢れ、路上音楽師が音楽を奏でる中、ぶらぶらと散歩を楽しむ家族連れでいっぱいになる。 
メキシコ湾沿いの田舎町を訪れたときのことだ。店が数軒建ち並ぶだけの小さな町が、祭りで大賑わいを見せていた。いったいどこからこれだけ多くの人々が集まってきたのだろうかと不思議になるほどの雑踏だ。ソカロの周りには観覧車やメリーゴーラウンドなどの移動遊園地ができ、ひしめき合う屋台からはタコスを焼くいい匂いが漂っている。中央に設置された巨大なスピーカーからは、リズミカルな音楽が大音響で流れ、人々はそれに乗って身体を揺らしながら、ボール投げゲームや、そぞろ歩きを楽しんでいる。
私たちも、ちょっと一杯やろうかと小さな屋台に腰をおろし、ビールとタコスを注文した。屋台のおばちゃんは、陽気に笑いながら次から次へと目にもとまらぬ早さでタコスを焼く。二口で食べれてしまうくらいの小さなタコスはできたてのアツアツで、食べはじめると止まらない。二本目のビールを注文しようとすると、いち早くおばちゃんが私たちにビールを手渡し、隣のテーブルを指差した。見ると、テーブルの上に空になったビール瓶を何本も並べている中年カップルが、私たちを見てにこにこしながら、身振り手振りで、そのビールは自分のおごりだ、と言っている。私たちはありがたくいただくことにして、ビールを高く掲げて乾杯した。屋台で飲んでいる私たちのそばを、次々と物売りが通り過ぎていく。その中に、花売りの少年の姿を見つけ、私は彼に手招きをした。赤いバラの花束の値段を聞き、私は少年に小銭を渡して花束を受け取ると、それを持って隣のテーブルに行き、カップルの女性にプレゼントした。屋台に戻り、さあ、三本目を、とおばちゃんに声をかけると、さっとビールが出てきて、隣のテーブルを指差す。これもまた、隣のおじさんのおごりらしい。そうやって、次は私がおごり、そしてその次はおじさんが・・・と、結局何本のビールを空にしたことか。宴もたけなわ、ソカロの真ん中で演奏するバンドの周りには踊りの輪ができ、人々が陽気に笑いながら手に手を取って踊っている。隣のおじさんとのおごりおごられ合戦に、ついに我々がダウン。もうこれ以上はとても飲めないよ、とジェスチャーで示すと、おじさんは満足げな笑みを浮かべてうなずき、私たちは固い握手を交わした。 
その夜、祭りの饗宴は明け方近くまで続いた。翌日、日もだいぶ高くなってから起きだして、町をぶらぶらと歩いてみると、昨夜のタコス屋台のおばちゃん一家がゴミの片付けをしているところに出会った。
おはよう、と声を掛け合い、照れ隠しに笑った。屋台の脇に腰をかけていたおばあちゃんが、私たちの手に持ちきれないくらいのプラムを渡してくれた。その一家はそれから、屋台をばらばらに分解して、トラックの荷台に乗せはじめた。
次はどこの祭りに行くのだろう。またいつか、どこかの祭りで出会える日が楽しみだ。