楽しいお買い物
マダガスカルの青空市場は活気があって楽しい。
それぞれの町で市がたつ曜日が決まっていて、その日をめがけて周辺の村々からも様々なものを売る人々が集まってくる。その日は普段の市場では売られていないものも出回るので、さながらお祭りのようなにぎわいになる。市がたつ曜日以外の日も、普通の市場は毎日開いていて、庶民の生活の拠点になっている。マダガスカルは広く、東西南北、気候も違えば民族も異なり、その土地の特色を感じたければ市場に行くのが一番だ。食べ物や、人々の顔、着ている服、色彩などの違いに目を光らせながら、訪れる町ごとに市場を歩いてみる。海のそばの町なら海のにおいを、山のそばなら山の暮らしを、市場で感じることができる。 安くておいしいものにありつくためにも、市場に行くのが手っ取り早い。どこの国に行っても、一番おいしいものを食べているのはやっぱり庶民なのだ。マダガスカルの市場にもおいしいものが溢れていて、あれもこれも試してみたくなる。見たことがない食べ物があると、一体なんだろうと思いながらそこで立ち止まってじっと観察する。するとたいてい、誰かが声をかけてくれる。一生懸命説明をしてくれる親切な人や、自分の食べている皿を私に差し出して、食べてみろと勧めてくれる人…、お店のおじさんも、にこにこしながらどんどん試食させてくれる。
そのうち、私たちにずっとついて市場を回ってくれる人が出てくる。言葉が通じなくても、見ず知らずの人と一緒に歩くことを楽しんでくれるというのは、何て豊かで暖かいのだろう。
市場の中には、子どもたちも溢れている。働く母親について来た子どもたちは、赤ん坊のうちは母の背中や販売台の下で布団に包まって眠っているが、大きくなるにつれて、仕事を手伝う頼もしい存在になっていく。そうやって自然に、父親や母親のやっている仕事を学んでいくのだ。
市場には、物を売るだけでなく様々な仕事がある。山のような買い物をした人たちの荷物の運び屋さんも大勢客待ちをしているし、その人たちが乗って帰る人力車も市場の外にずらりと並んでいる。
ビリヤードやカード、サイコロゲームなどをして遊べる店もにぎわいを見せる。市場は様々な仕事を生み出す場所であることはもちろんだが、それだけでなく、生活の楽しみのためにもなくてはならない存在なのだ。お母さんたちが子どもの手を引き、買い物篭を下げて、今日の食事の材料を買っている。
私たちが生活に必要なものを何でも大型のスーパーマーケットで買うようになってしまったのは、いつからだろう。野菜ひとつ買うのに何だかんだと世間話をしながら、値段交渉をしていくまだるっこしさと、そんな「無駄」な時間の楽しさを、マダガスカルの市場で懐かしく思い出した。
私たちが便利さと引き換えに無くしてしまった小さな日常の楽しみたちは、きっともう二度と私たちの暮らしに戻ってこないのかもしれない。