偶然の贈り物

マダガスカルで一番の親交を結んだのは、エメという男性だ。彼の運転で、マダガスカルの中を二週間、共に旅をした。道なき道というような恐るべしマダガスカルの悪路にも彼は動じることなく、浅瀬の川を水しぶきを上げて渡り、車輪がはまってしまいそうな砂地も見事なハンドルさばきで切り抜けた。
小柄な体にエネルギーが満ち溢れているような陽気なエメとの旅は、本当に愉快だった。どの町に行っても、エメがすぐに地元の人と仲良くなってしまうことにも助けられた。しかも、知り合いが驚くほど多い。旅を仕事にしている彼だから、行った先々で友人を作り、どんどん顔が広くなっていくのだ。一日中走っても延々とブッシュが続いているだけの田舎道でも、長い間音信のなかった友人に突然出くわし、叫びながら抱き合って再会を喜び合うこともあった。旅での出会いは、神様が用意してくれたのかと思うような、素敵な偶然の贈り物に満ちている。 
西海岸のトゥリアラから、内陸に向かって車を走らせていたときもそうだった。街道沿いの小さな村に集う人々を見とめて、エメは喜びの叫びをあげて車を停めた。三十人ほどの人々と、大騒ぎをしながら抱き合って挨拶している。 「昔、この人たちの教会に行ったことがあるんだよ。いやー、まさかこんなところで会えるなんて」 
エメは興奮した面持ちでそう言う。彼は敬虔なキリスト教徒で、旅先でも見知らぬ教会に飛び込んでいってミサに参加することがよくある。私たちもそうやってエメにいくつもの教会に連れて行ってもらったものだ。教会では彼は誰よりも大きな声で賛美歌を歌い、ついでにスピーチまでしてきたりする。 道端で出会った一群は、村々に神の言葉を伝えるために、旅をしているのだという。いくつかの家族の混成隊で、子どもたちも一緒に旅をしている。鍋カマ一式持って、自炊しながらの旅だ。村に着いたら、村の人々の家に宿泊させてもらって、ゴスペル・ソングをみんなで歌い、数日したらまた次の村へと移動して行く。何の報酬がもらえるわけでもなく、ただ、より多くの人々と共に神の愛と祝福を受ける喜びを分かち合いたい、という想いのもとに旅をしているのだ。アフリカの大自然の中を旅していると、人間の力の及ばない、大いなるものの存在を自然に感じるようになってくる。それはこの、不思議でとてつもなく広い世界の想像主と呼べるものかもしれない。そんな存在に対する愛と感謝を、こんなにも素直に受け止めて、ただその祝福を賛美し分かち合って生きる人々の姿は、なんと美しいことか。
彼らは、私たちの旅の安全と幸福のために、素晴らしいゴスペルをその場で一曲歌ってくれた。明るいリズムに乗って生き生きと歌う人々の周りを、村の子どもたちがはしゃいで飛び跳ねる。ほんのひとときの出会いを楽しんで、私たちは再び旅路についた。
これからの人生で、たとえもう二度と出会う日がなかったとしても、時たま思い出しては、どうか幸せな人生を、と祈れる友が多くの国にいることが、何よりの幸福だと私は思う。