春のひととき
イタリア半島のつま先に浮かぶシチリア島から、船に乗りファヴィニャ―ナという小さな島に渡った。
初夏にはマグロ漁で活気づく漁港も、今は人影もまばらで、季節はずれの旅人をおっとりと迎えてくれる。夏のほんのひとときを過ぎると、島は長く静かな眠りにつくのだ。
港にたたずむ私を、春の暖かい陽射しが包む。真夜中にしかけた網を引きに、早朝から出かけていった小さな漁船が港へと帰り着いた。この道一筋に生きてきたであろう老人が、ひとり船から魚を運び出し、荷台に乗せて売りはじめる。天秤で重さを測り、数人に売ったらもう荷台はからっぽになった。そのあと彼は網を広げ、破れた個所の修繕をはじめた。
傍らでじっと一部始終を見つめる私を気にすることもなく、黙々と作業を続ける。
私がそっと切ったシャッター音は、静かな港に思いがけず大きな音で響いた。
老人が顔をあげる。どう話し掛けようか迷う私を見て、彼は目を細めて何度か頷いた。
そしてまた、ゆっくりと網を縫いはじめた。カモメが鳴き声をあげて空に舞い上がる。
昨日よりも少しぬくもりを増した空気。
夏の港の活気がすぐそこまで近づいているのを予感させた。