遠い記憶への旅

なんという空気の清らかさだろう。
三千メートル級の峠をいくつも越えて、たどり着いた小さな町。私はひんやりとした風に吹かれながら、宇宙の果てまで見通せそうな澄み切った濃紺の空を見つめていた。
世界の屋根、ヒマラヤ山脈にひっそりとたたずむ小さな王国。この国全体に、共通した空気が漂っていた。平和、信頼、慈愛、尊敬。ふと、そんな単語が頭をよぎった。どれだけの田畑を持っているかがこの国で暮らす人々の豊かさの尺度だという。
遥かなる桃源郷。山の斜面に段になって広がる緑の田畑。電気のない暗い夜。静かな祈りを唱える人々。カメラを構えた私に、次々といくつもの顔が迫ってくる。ファインダーを覗き、ひとりひとりの顔を追いかける。いたずらっぽい目、恥ずかしげな目、まっすぐな目、やんちゃな目、穏やかな目…。どこかで出会ったことがあるような、そんな懐かしさに胸が高鳴る。心の奥底の、遠い記憶の糸を手繰り寄せながらシャッターを切る。押し寄せてくる笑顔の波の中に、幼い自分の顔を見かけたような、そんな錯覚にとらわれた。遠い昔へと帰って行く時間の旅のようでもあった。